共鳴構造論

共鳴構造論⑥|未熟さを許せる組織は強い

人は、
強い組織ほど、
完璧だと思っている。

ミスをしない。
迷わない。
ブレない。
常に正しい。

だが本来、
そんな人間はいない。

人間は未熟である。

迷う。
間違う。
傷つく。
揺らぐ。

だからこそ、
支え合いながら生きている。

だが支配構造は、
未熟さを恐れる。

失敗するな。
弱さを見せるな。
空気を乱すな。

その圧力によって、
人は次第に、
本音を隠し始める。

すると組織は、
一見、
整って見える。

だが実際は、
皆が鎧を着ている。

失敗を隠す。
責任を避ける。
孤立する。

その結果、
誰も本当の意味で、
繋がれなくなる。

本来、
未熟さとは、
排除するものではない。

調律するためにある。

人間は、
未熟だからこそ、
対話する。

未熟だからこそ、
支え合う。

未熟だからこそ、
共鳴できる。

共鳴構造では、
完璧さより、
循環が重視される。

重要なのは、
間違えないことではない。

間違えても、
戻って来られることである。

本当に強い組織とは、
失敗しない組織ではない。

未熟さを抱えたまま、
関係を切らずに、
調律し続けられる組織である。

共鳴とは、
完璧な人間を作ることではない。

未熟な人間同士が、
再び流れ続けられるようにする、
信頼の構造である。

共鳴について →

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