AXC補助原理|傷は解釈によって増幅される
人は、
出来事によって、
傷つくことがある。
約束を破られた。
期待を裏切られた。
無視された。
拒まれた。
その時に生まれた、
悲しみ。
怒り。
失望。
それは、
その出来事によって、
生まれた傷である。
だが、
傷は、
そこで終わるとは限らない。
人は、
理由を考える。
相手の気持ちを、
推測する。
過去の出来事と、
結びつける。
そして、
意味をつける。
きっと、
軽く見られている。
きっと、
自分を大切にしていない。
きっと、
また同じ理由だ。
きっと、
あの人は、
そういう人間だ。
その推測が、
事実として、
積み重なることがある。
出来事
↓
解釈
↓
怒り
↓
さらに解釈
↓
さらに怒り
そうして、
最初の出来事よりも、
大きな傷が、
自分の中に、
作られていくことがある。
だが、
その全てを、
相手がつけた傷と、
呼ぶことはできない。
他者の行為が、
傷の入口になることはある。
だが、
その後に、
自分が積み重ねた解釈まで、
すべて、
他者の責任になるとは限らない。
推測は、
事実ではない。
想像は、
証拠ではない。
過去の出来事は、
今回の理由を、
自動的に証明しない。
傷ついた時ほど、
人は、
自分に都合のいい説明を、
作りやすい。
だから、
傷ついた時には、
出来事と、
解釈を、
分ける必要がある。
何が、
実際に起きたのか。
何を、
自分が感じたのか。
何を、
自分が推測したのか。
その三つを、
混ぜない。
出来事による傷を、
否定する必要はない。
だが、
解釈によって、
自分で傷を広げている可能性も、
残しておく。
他者の責任は、
他者へ返す。
自分の解釈は、
自分で引き受ける。
傷は、
他者によって生まれることがある。
そして、
自分の解釈によって、
増幅されることもある。

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