AXC原理

AXC原理|沈黙は同意ではない原理

人は、
相手が、
何も言わなかった時、
自分に都合のいい意味を、
与えることがある。

否定しなかった。

反論しなかった。

訂正しなかった。

だから、
納得した。

信じた。

認めた。

賛成した。

そう解釈する。

だが、
沈黙には、
多くの理由がある。

様子を、
見ていることがある。

その場を、
早く終わらせたいことがある。

興味が、
ないこともある。

考える価値がないと、
判断していることもある。

相手を、
傷つけたくないこともある。

誰かを、
守るために黙ることもある。

今は、
言うべき時ではないと、
判断することもある。

反論すれば、
話が長くなる。

訂正すれば、
さらに上書きされる。

説明しても、
届かない。

だから、
あえて、
言わないこともある。

沈黙とは、
一つの意味ではない。

相手の内側で起きている判断が、
言葉として、
外へ出ていないだけである。

だから、
沈黙を、
同意として扱ってはならない。

反論がないことは、
正しさの証明ではない。

否定されないことは、
信じられた証拠ではない。

黙って聞かれたことは、
納得されたことを、
意味しない。

しかも、
人の反応は、
言葉だけに、
現れるわけではない。

表情。

目線。

声の温度。

返答までの間。

身体の硬さ。

距離の取り方。

いつもとの違い。

そこには、
言葉になっていない情報がある。

沈黙だけを見て、
判断を終えるということは、
多くの情報を、
見ないまま、
結論を出すことである。

それでも、
人は時に、
沈黙を、
自分に都合よく、
同意へ変える。

その時、
相手の反応を、
情報として見ていない。

自分の物語を、
完成させる材料として、
使っている。

きっと、
分かってくれた。

きっと、
認めてくれた。

きっと、
自分が正しい。

そうして、
相手の沈黙を、
自分の安心へ、
変えてしまう。

だが、
それは、
相手の判断ではない。

自分の解釈である。

相手を理解したいなら、
まず、
観察する。

何か、
引っかかっているのか。

納得しているのか。

不満があるのか。

今は、
話したくないのか。

そこから、
仮説を立てる。

だが、
仮説は、
事実ではない。

だから、
確認する。

どう思ったのか。

違うと思っているのか。

疑問があるのか。

何か、
言いにくいことがあるのか。

観察して、
仮説を立てる。

確認して、
検証する。

それでも、
分からなければ、
判断を保留する。

人の沈黙には、
余白がある。

その余白を、
勝手に埋めれば、
理解は、
自己都合の物語へ変わる。

沈黙は、
同意ではない。

沈黙とは、
まだ相手の判断が、
自分には見えていないという、
事実である。

相手を理解するとは、
その見えていないものを、
自分の都合で埋めることではない。

見えていないものを、
見えていないまま、
扱えることである。

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