政治家構造論 補論①|修正と演出
人は、
失敗した時、
自分を修正するとは限らない。
時に人は、
自分の中身ではなく、
自分の見せ方を修正する。
叱られた時、
未熟さを認めるのではなく、
より賢く見せようとする。
信頼を失った時、
関係を見直すのではなく、
肩書や実績で補おうとする。
分からなかった時、
学び直すのではなく、
難しい言葉で覆おうとする。
本人は、
それを成長だと思っていることがある。
前より説明できるようになった。
前より知識が増えた。
前より堂々と振る舞えるようになった。
だから、
自分は修正できていると思う。
だがそれは、
修正ではなく、
演出の強化であることがある。
本当の修正とは、
自分を大きく見せることではない。
未熟さを認めること。
足りなさを学び直すこと。
相手への敬意を取り戻すこと。
態度を改めること。
関わり方を変えること。
つまり、
中身が変わることである。
演出による修正は、
一時的に人を誤魔化せる。
だが、
現場はごまかせない。
人は、
知識の量より、
敬意の有無を見る。
言葉の巧さより、
人格の動きを見る。
だから、
演出だけを磨く者は、
やがて信頼を失う。
人が本当に修正すべきものは、
印象ではない。
自分自身である。
演出は人を惹きつけることがある。
だが、信頼を育てるのは修正だけである。

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