政治家構造論 補論⑥|人気は信頼ではない
人は、
人気と信頼を、
同じものだと思うことがある。
多くの人に好かれている。
名前を知られている。
声をかけられる。
人が集まる。
だから、
信頼されていると思う。
だが、
人気は、
信頼とは限らない。
人気は、
比較で生まれることがある。
肩書で生まれることがある。
所属で生まれることがある。
誰かの信頼を借りて、
生まれることがある。
嫌われている人の隣にいることで、
相対的に好かれることもある。
この人のそばにいれば得をする。
そういう利害で、
好感を持たれることもある。
だから、
人気だけでは、
その人の人格は見えない。
人が集まっていることと、
人間性が信頼されていることは違う。
信頼とは、
借り物ではない。
誰かの肩書に乗ることでもない。
誰かの評価に支えられることでもない。
信頼は、
最後に、
その人自身の人格へ戻る。
不都合な時に、
どう振る舞うか。
得をしない場面で、
人を守れるか。
間違えた時に、
自分を修正できるか。
借りた信頼を、
自分の人格で引き受けられるか。
人気は、
現象である。
信頼は、
人格である。
政治家が見るべきものは、
自分に集まる好意ではない。
その好意が、
自分の人格に根ざしているのかである。
人気に酔えば、
人は自分を見失う。
信頼に向き合えば、
人は自分を育てる。
政治家に必要なのは、
好かれることではない。
信頼に足る人格を、
育て続けることである。

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