共鳴構造論⑨|自治とは共鳴構造である
人は、
自治という言葉を聞くと、
「自分たちで管理すること」
だと思っている。
だが本来、
自治とは、
管理ではない。
共に流れ続けることである。
人間は未熟である。
だから本来、
完全な支配も、
完全な放任も成立しない。
重要なのは、
互いの違いを残したまま、
関係を切らず、
調律を続けられることだ。
だが支配構造は、
自治を恐れる。
なぜなら、
自治とは、
人が自分で考え始めることだからだ。
すると支配構造は、
空気を固定し、
正しさを固定し、
人間を従わせ始める。
その結果、
人は次第に、
「自分で動くこと」
をやめていく。
誰かが決めてくれる。
誰かが責任を取ってくれる。
その方が楽だからだ。
だがその瞬間、
自治は死ぬ。
本来、
自治とは、
完璧な人間が作るものではない。
未熟な人間同士が、
揺らぎながら、
支え合いながら、
共に生きようとする流れの中で生まれる。
だから自治には、
信頼が必要になる。
違いを許す余白が必要になる。
失敗しても、
戻って来られる循環が必要になる。
共鳴構造では、
人は、
“管理される側”
として扱われない。
流れを共に作る存在として扱われる。
その時、
人は初めて、
主体性を取り戻し始める。
本当に強い自治とは、
従わせることではない。
人が、
「この場を共に守りたい」
と思える構造である。
共鳴とは、
人間を管理する技術ではない。
未熟な人間同士が、
それでも共に流れ続けようとする、
自治の構造である。

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