AXC原理

AXC原理|理解できない相手を理解する原理

人は、
相手が、
自分の話を理解しない時、
相手を評価することがある。

理解力がない。

話が通じない。

常識がない。

考える力がない。

だが、
その評価をする前に、
見るべきものがある。

なぜ、
この人には、
伝わらないのか。

相手が、
何を知っているのか。

何を、
知らないのか。

どのような経験を、
してきたのか。

何を、
当たり前だと思っているのか。

何を、
恐れているのか。

どこなら、
理解できるのか。

人を理解するとは、
相手の考えに、
同意することではない。

相手の現在地を、
知ることである。

現在地が分からなければ、
どの道を示せば、
届くのかも分からない。

自分にとって、
分かりやすい説明が、
相手にも、
分かりやすいとは限らない。

自分にとっての、
普通が、
相手にとっての、
普通とも限らない。

それでも、
人は、
自分の理解の仕方を、
基準にしてしまう。

そして、
自分と同じように、
理解できない相手を、
未熟だと判断する。

だが、
相手を理解せずに、
相手の理解力だけを、
評価することはできない。

理解できない相手ほど、
先に、
理解しなければならない。

何が分からないのか。

なぜ分からないのか。

何なら分かるのか。

そこを見た時、
相手は、
理解できない人ではなくなる。

まだ、
接続できる場所を、
見つけていない人になる。

理解できない相手を、
責める前に、
相手を理解する。

そこから、
対話は始まる。

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