AXC原理

AXC原理|会話への介入が他者同士の関係形成を遮る原理

人は、
会話に、
加わることがある。

知っていることを、
伝える。

補足する。

話題を、
広げる。

場を、
盛り上げる。

それ自体は、
悪いことではない。

だが、
誰かと誰かが、
話している間へ、
繰り返し、
入り続けると、
会話の意味は、
変わることがある。

本来、
二人の間には、
二人だけの流れがある。

相手の話を聞く。

問い返す。

少し黙る。

反応を見る。

自分のことを話す。

そうして、
少しずつ、
関係が作られていく。

だが、
第三者が、
そのたびに、
口を挟む。

答えを、
代わりに言う。

話題を、
自分へ引き寄せる。

自分の経験を、
重ねる。

訂正する。

説明する。

すると、
二人の間にあった、
流れが、
途切れる。

話したかったことが、
話せなくなる。

聞きたかったことが、
聞けなくなる。

相手の反応を、
受け取れなくなる。

そして、
いつの間にか、
会話の中心が、
第三者へ移る。

その時、
第三者は、
情報を足しているつもりでも、
実際には、
他者同士の関係形成を、
遮っていることがある。

会話とは、
言葉を出すことだけではない。

相手同士が、
互いを知るための、
空間でもある。

だから、
会話には、
入らないことも、
必要である。

今、
自分が話す必要があるのか。

それとも、
二人に任せた方がいいのか。

自分の知識は、
本当に必要なのか。

その一言によって、
誰かの話す機会を、
奪っていないか。

そこを、
見なければならない。

話せる人ほど、
黙る力がいる。

知っている人ほど、
譲る力がいる。

場にいる人ほど、
自分が入らない余白を、
持たなければならない。

人と人との関係は、
第三者が、
代わりに作ることはできない。

二人が、
自分たちの言葉で、
少しずつ、
作っていくものである。

会話へ入り続けることは、
参加ではないことがある。

それは、
他者同士の関係が育つ余白を、
奪うことがある。

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