AXC原理

AXC原理|境界線のない寛容は誠実な人を遠ざける原理

人は、
誰かを、
受け入れる。

やりたい人を、
仲間にする。

来る者を、
拒まない。

それは、
一見すると、
寛容に見える。

誰でも、
参加できる。

誰でも、
居場所を持てる。

それ自体は、
悪いことではない。

だが、
寛容に、
境界線がなければ、
問題が起きる。

人には、
それぞれ、
違う行動がある。

約束を守る人。

責任を引き受ける人。

周囲を気遣う人。

境界線を守る人。

一方で、
人の領域へ、
越境する人もいる。

約束を、
軽く扱う人もいる。

自分の都合で、
ルールを変える人もいる。

人を下げて、
自分を上げる人もいる。

そうした違いを、
見ないまま、
全員を同じように、
受け入れれば、
何が起きるか。

問題行動をする人も、
そのまま残る。

周囲が、
我慢する。

注意しても、
変わらない。

空気が、
少しずつ、
悪くなる。

それでも、
リーダーが、
誰も排除したくないと、
判断を避け続ける。

すると、
問題を起こす人より先に、
真面目な人が、
疲れていく。

誠実な人ほど、
場を壊したくない。

揉めたくない。

だから、
強く争わず、
静かに離れる。

その結果、
残るのは、
境界線を越える人と、
それに耐えられる人になる。

そして、
リーダーは、
こう思うことがある。

大きな問題は、
起きていない。

みんな、
残っている。

うちは、
うまくいっている。

だが、
実際には、
問題を感じた人から、
いなくなっているだけかもしれない。

寛容とは、
何でも許すことではない。

誰でも、
無条件に受け入れることでもない。

人を受け入れるなら、
同時に、
守るべき境界線が必要である。

人の尊厳を、
傷つけない。

他者の領域へ、
勝手に入らない。

預かったものを、
正しく扱う。

問題が起きたら、
修正する。

周囲の信頼を、
壊さない。

そこを、
守れない時には、
注意する。

距離を置く。

役割を、
制限する。

必要なら、
関係を見直す。

それは、
排除ではない。

場を、
守るための責任である。

リーダーが、
自分に対して、
良い人かどうかだけで、
人を判断してはならない。

自分には、
感じがいい。

自分には、
従う。

自分とは、
揉めない。

それだけでは、
その人が、
集団にとって、
良い存在かどうかは、
分からない。

見るべきなのは、
その人が、
他者へ、
どう関わるかである。

境界線を、
守れるか。

責任を、
引き受けられるか。

問題が起きた時に、
修正できるか。

そこを、
見なければならない。

寛容に、
境界線がなければ、
問題行動をする人を、
守ることになる。

そして、
その代わりに、
誠実な人が、
場を離れていく。

誰でも受け入れることが、
優しさなのではない。

誰もが、
安心して残れるための、
境界線を持つこと。

それが、
本当の寛容である。

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