AXC原理

AXC原理|恐怖による沈黙を信頼と取り違えてはならない原理

人は、
怖い時、
同じ反応をするわけではない。

黙る人がいる。

従う人がいる。

笑って流す人がいる。

距離を取る人がいる。

怒る人がいる。

反発する人がいる。

身体に出る人がいる。

辞める人がいる。

だから、
表面だけを見ても、
その人が何を感じているのかは、
分からない。

強く言った。

相手が黙った。

反論しなかった。

指示に従った。

それだけを見て、
自分は信頼されていると、
考えることがある。

だが、
その沈黙は、
信頼ではないかもしれない。

恐怖かもしれない。

諦めかもしれない。

関わりたくないだけかもしれない。

これ以上、
怒らせたくないだけかもしれない。

相手の立場を、
守っているだけかもしれない。

恐怖は、
服従だけではなく、
沈黙、
回避、
反発、
離脱、
身体症状など、
異なる形で現れる。

だから、
従っている人が多いことは、
信頼されている証明にはならない。

むしろ、
怖くて逆らえない人が、
残っているだけかもしれない。

人を怖がらせれば、
反論は減る。

反論が減れば、
自分は正しいように見える。

そして、
その誤認が、
さらに強い言葉を生む。

恐怖によって得た沈黙を、
信頼と取り違えてはならない。

信頼とは、
怖くても従うことではない。

怖がらなくても、
その人に託せることである。

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