AXC原理|人は関係の中で自分を濃くする原理
人は、
一人で、
自分になるわけではない。
誰かと出会う。
話す。
傷つく。
助けられる。
反発する。
理解する。
疑う。
受け取る。
捨てる。
また、
考える。
そのたびに、
自分は、
少しずつ変わる。
A ⇌ B
往還した後のAは、
最初のAと、
完全には同じではない。
A′になる。
さらに、
別の関係を通れば、
A″になる。
また、
別の経験を通れば、
A‴になる。
だが、
A′は、
Bではない。
A″は、
Cでもない。
他者と関係することで、
自分が、
他者になるのではない。
他者から受け取ったものが、
自分の中で、
組み替えられる。
言葉。
経験。
痛み。
信頼。
違和感。
考え方。
記憶。
それらが、
自分の内側で、
別の関係を作る。
だから、
人は、
他者を含みながら、
自分になる。
自分だけで、
自分は、
できていない。
だが、
他者の集合が、
そのまま、
自分になるわけでもない。
受け取ったものを、
どう残すか。
どう捨てるか。
どう結び直すか。
そこには、
自分自身の、
判断がある。
だから、
生成とは、
一つが、
多くなることではない。
一が、
別の一へ、
置き換わることでもない。
関係の中で、
自分自身が、
少しずつ、
次の自分へ、
変わっていくことである。
A
A′
A″
A‴
変わっている。
だが、
切れてはいない。
同じ自分でありながら、
同じ自分ではない。
その変化は、
必ずしも、
成長とは限らない。
関係によって、
人は、
深くなることもある。
狭くなることもある。
柔らかくなることもある。
固くなることもある。
信頼を知ることもある。
恐れを、
強くすることもある。
だから、
往還そのものが、
人を良くするわけではない。
関係は、
人を変える。
その変化が、
どちらへ向かうかは、
一つではない。
それでも、
関係を重ねるたびに、
自分の中には、
痕跡が残る。
他者の微粒子のようなものが、
自分の中へ入り、
自分の一部として、
結び直されていく。
そのたびに、
自分は、
増えるというより、
濃くなる。
経験が、
重なる。
関係が、
重なる。
判断が、
重なる。
傷も、
信頼も、
失敗も、
修正も、
自分の中へ、
撚り込まれていく。
そして、
その撚りによって、
自分は、
自分になっていく。
生成とは、
全く新しいものを、
突然、
作ることではないのかもしれない。
関係の中で、
自分を失わず、
他者を含み、
形を変えながら、
自分自身の密度を、
高めていくこと。
一人で、
自分になるのではない。
多くの関係を、
自分の中で、
撚り直しながら、
自分になっていく。
生成とは、
自分ではないものになることではない。
自分が、
より、
自分になっていく運動なのかもしれない。

まだ応答なし