政治家構造論

政治家構造論 補論⑤|傷つけた相手を敵にしてはならない

政治家は、
時に人を傷つける。

約束を忘れることがある。

義理を欠くことがある。

筋目を外すことがある。

相手の痛みに、
気づけないことがある。

その時、
本当に問われるのは、
傷つけた事実の有無だけではない。

その痛みに、
向き合えるかである。

人は、
自分の失敗を見たくない時、
傷つけた相手を、
敵にすることがある。

反発している。

裏切った。

感情的になっている。

向こう側についた。

そう言えば、
自分は傷つけた側ではなく、
攻撃された側でいられる。

だが、
それは修正ではない。

自分を守るための物語である。

傷ついた人を敵にすれば、
失敗の理由を聞かなくて済む。

義理を欠いた事実を、
見なくて済む。

相手の痛みに、
近づかなくて済む。

だが、
聞かなかった痛みは、
消えない。

見なかった失敗は、
消えない。

義理を欠かれた記憶は、
土地に残る。

政治家に必要なのは、
反発する人を遠ざけることではない。

なぜ反発されたのかを、
聞く勇気である。

信頼を失った時、
見るべきものは、
相手の怒りではない。

自分が何を欠いたのかである。

政治家は、
傷つけた相手を、
敵にしてはならない。

そこにこそ、
自分が修正すべき理由がある。

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