リーダー構造論

リーダー構造論⑧|尊厳なきリーダーは支配へ堕ちる

人は、
成果を出す者が、
優れたリーダーだと思っている。

だが本来、
成果だけでは、
人間を生かし続けることは出来ない。

なぜなら、
人間には、
尊厳があるからだ。

本来、
尊厳とは、
肩書ではない。

立場でもない。

能力でもない。

「人として扱われている」
という感覚そのものだ。

だが支配構造は、
次第に、
人を機能として見始める。

使えるか。

動けるか。

従うか。

結果を出すか。

すると人間は、
少しずつ、
“役割”
へ固定されていく。

実働。

票。

動員。

戦力。

駒。

その瞬間、
人は、
人間としてではなく、
機能として扱われ始める。

だが本来、
人間は、
機能だけでは生きられない。

どれだけ成果を出しても、
尊厳を削られ続ければ、

心は静かに壊れていく。

だから、
本物のリーダーほど、
人を雑に扱えない。

無償の共働者を、
当然だと思えない。

感情を、
軽視できない。

なぜなら、
尊厳を削った瞬間、
共鳴そのものが止まり始めることを、
知っているからだ。

支配構造は、
恐れによって人を固定する。

空気を読ませる。

逆らわせない。

本音を止める。

すると組織は、
一見、
統率されているように見える。

だが実際には、
人間が消え始めている。

本来、
リーダーとは、
人を機能化する存在ではない。

人が、
人間のまま存在出来るよう、
尊厳を守り続ける存在である。

だから本物のリーダーは、
対等性を失わない。

立場が違っても、
人として扱う。

役割が違っても、
尊厳を削らない。

なぜなら、
人間は、
尊厳によって、
生きる力を保っているからだ。

リーダーとは、
人を従わせる存在ではない。

人が、
人間で居続けられるよう、
尊厳を守り続ける存在である。

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