恋愛構造論②|服従は愛か
人は、
愛とは「相手に合わせること」だと思っている。
嫌われないように。
壊れないように。
捨てられないように。
空気を読み、
怒りを飲み込み、
本音を消していく。
そして、
それを「愛」だと呼ぶ。
だが本来、
服従は愛ではない。
もちろん、
相手を想って譲る事はある。
支える事もある。
待つ事もある。
だが、
それは主体性を失っていい理由にはならない。
恋愛が苦しくなる時、
多くの場合、
人は「自分」を消し始めている。
本当は嫌なのに、
笑う。
本当は苦しいのに、
我慢する。
本当は違和感があるのに、
気のせいにする。
そうして人は、
「止まれない」を学習する。
だが、
その関係は、
本当に愛だろうか。
愛とは、
人間を消すことではない。
相手の為に、
自分を失う事でもない。
本当の愛とは、
互いが人間のまま存在できる事。
違ってもいい。
怒ってもいい。
喧嘩してもいい。
離れても、
戻れる。
支配でも、
服従でもなく、
互いの主体性を保ったまま、
なお共鳴できるか。
恋愛とは、
その問いを、
互いに抱き続ける営みである。

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