自治構造論②|人は「参加すると削られる」を学習する
人は、
自治へ参加しなくなったのではない。
「参加すると削られる」
を学習したのである。
本来、
自治とは、
人が共に流れを作る営みである。
だが支配構造は、
その流れを固定し始める。
空気。
役割。
責任。
正しさ。
それらによって、
人は次第に、
“管理される側”
へ変わっていく。
すると自治は、
共鳴ではなく、
義務になる。
断れない。
休めない。
本音を言えない。
失敗できない。
その結果、
人は、
参加するほど疲弊していく。
本来、
人間は、
感情で動いている。
楽しい。
嬉しい。
役に立てた。
繋がれた。
そうした感情が、
自治を循環させる。
だが支配構造では、
恐れが循環する。
怒られたくない。
嫌われたくない。
空気を壊したくない。
すると人は、
次第に、
「関わらない方が楽」
を学習する。
そして自治は、
静かに停止していく。
本来、
自治とは、
人を削るものではない。
人が、
「ここに居たい」
と思える流れの中で、
初めて続いていく。
だから本当に必要なのは、
管理ではない。
信頼である。
命令ではない。
共鳴である。
人は、
削られる場所から離れる。
だが、
生きていられる場所には、
静かに戻ってくる。
自治とは、
人間を消耗させる構造ではない。
人が、
再び主体性を取り戻していく、
信頼の循環構造である。

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