AXC原理|忠告は判断材料を増やす原理
人は、
誰かの危うさに、
気づくことがある。
考え方の偏り。
支配的な態度。
責任の取り方。
言葉と行動のずれ。
人への扱い方。
それを、
知っているなら、
場合によっては、
伝えた方がいいこともある。
特に、
短い時間で、
人を見なければならない時。
大きな判断を、
急がなければならない時。
失敗の影響が、
大きい時。
同じ被害を、
避けたい時。
そういう場面では、
知っていることを、
伝えることが、
相手の判断を、
助けることがある。
だが、
忠告とは、
相手の代わりに、
決めることではない。
あの人とは、
付き合うな。
信用するな。
関係を、
切れ。
そう命じることとは、
違う。
忠告とは、
判断材料を、
増やすことである。
この人には、
こういう面がある。
こういう場面では、
こういうことが起きた。
私は、
こういう危うさを、
感じている。
そこまでを、
伝える。
その先は、
相手に返す。
どう見るのか。
どう付き合うのか。
どこまで近づくのか。
距離を置くのか。
それは、
本人が、
決めることである。
なぜなら、
人は、
一面だけではないからである。
ある人には、
危険に見える面が、
別の人との関係では、
違って現れることもある。
時間によって、
変わることもある。
自分の見立てが、
間違っていることもある。
だから、
忠告する側も、
自分の判断を、
絶対にしてはいけない。
事実と、
解釈を分ける。
確認できたことと、
推測を分ける。
自分が見たものを、
そのまま、
相手の答えにしない。
忠告には、
節度がいる。
必要のない場面で、
他人の評価を、
先に渡しすぎれば、
相手自身が、
人を見る機会を、
奪うこともある。
先入観を、
植えつけることもある。
だから、
いつでも、
言えばいいわけではない。
本当に、
判断材料として、
必要なのか。
被害を減らすために、
役立つのか。
その情報がなければ、
大きな不利益が、
起きる可能性があるのか。
そこを、
考える。
忠告とは、
人を遠ざけるための、
悪口ではない。
相手を、
自分の判断へ、
従わせるための、
操作でもない。
相手が、
より多くの材料を持って、
自分で選べるようにすることである。
だから、
忠告には、
最後に、
余白が必要である。
私は、
こう見ている。
だが、
あなたは、
あなた自身で、
見てほしい。
その余白があるから、
忠告は、
支配にならない。
忠告は、
相手の判断材料を増やす。
支配は、
相手の選択肢を減らす。
その違いを、
忘れてはいけない。

まだ応答なし