AXC原理|品性は他者への扱いに現れる原理
人は、
人の品性を、
外から判断することがある。
服装。
見た目。
話し方。
声の大きさ。
言葉遣い。
立ち居振る舞い。
物腰の柔らかさ。
笑顔。
もちろん、
そこにも、
その人の姿は現れる。
だが、
品性は、
外形だけで決まるものではない。
丁寧な言葉を使いながら、
人を見下す人もいる。
穏やかに話しながら、
相手の話を聞かない人もいる。
柔らかな言葉で、
相手の選択肢を、
奪う人もいる。
礼儀正しく振る舞いながら、
弱い立場の人だけを、
雑に扱う人もいる。
笑顔のまま、
人を利用することもある。
声を荒げずに、
相手を、
一つの解釈へ、
閉じ込めることもある。
攻撃性は、
いつも、
大きな声で、
現れるわけではない。
支配も、
荒い言葉だけで、
現れるわけではない。
穏やかな言葉の中にも、
支配はある。
柔らかな態度の中にも、
利己性はある。
だから、
優しそうに見えることと、
優しいことは、
同じではない。
上品に見えることと、
品性があることも、
同じではない。
反対に、
言葉が荒くても、
嘘をつかない人がいる。
不器用でも、
責任から逃げない人がいる。
怒りながらでも、
困っている人を守る人がいる。
声が大きくても、
人の自由を奪わない人がいる。
厳しいことを言っても、
相手が立ち直る道を、
残す人がいる。
そこには、
柔らかな雰囲気が、
ないかもしれない。
だが、
行為には、
他者への敬意がある。
人の品性は、
人との関わりの中に現れる。
自分より、
弱い立場の人を、
どう扱うか。
自分に、
利益をもたらさない人を、
どう扱うか。
自分へ、
反対する人を、
どう扱うか。
自分が、
不機嫌な時に、
人をどう扱うか。
自分が、
間違えた時。
自分に、
都合が悪くなった時。
責任を、
引き受けなければならない時。
誰にも、
見られていない時。
その時、
人は、
何を選ぶのか。
嘘をつくのか。
誤魔化すのか。
責任を、
他人へ移すのか。
自分だけを、
守ろうとするのか。
相手を、
悪者にして逃げるのか。
自分の力を使って、
相手を、
黙らせるのか。
それとも、
自分のしたことを、
認めるのか。
間違いを、
修正するのか。
相手の話を、
聞くのか。
相手の自由を、
残すのか。
自分に不利益があっても、
相手の尊厳を、
守るのか。
そこに、
その人の品性は現れる。
優しさとは、
人を心地よくさせることだけではない。
相手を、
一人の人間として扱うこと。
相手の痛みを、
見ようとすること。
相手の自由を、
残すこと。
必要な時には、
守ること。
自分に不利益があっても、
相手の尊厳を奪わないこと。
そして、
必要なら、
そのために、
行動することである。
それは、
品性の一つの現れでもある。
品性とは、
上品に見えることではない。
人から、
よく見られることでもない。
自分の価値を、
高く見せることでもない。
自分の力を、
どのように使うか。
自分の責任を、
どのように引き受けるか。
他者の自由を、
どこまで尊重できるか。
他者の尊厳を、
どのように扱うか。
そこに、
品性は現れる。
だから、
誰かを、
下品だと評価する時には、
その言葉を使う側にも、
問いが返ってくる。
何を、
下品だと呼んでいるのか。
外見なのか。
話し方なのか。
声の大きさなのか。
自分の好みに、
合わないことなのか。
それとも、
人を欺くことなのか。
責任から、
逃げることなのか。
弱い人を、
踏みつけることなのか。
他者の尊厳を、
奪うことなのか。
品性という言葉を、
人を下げるために使えば、
その言葉を使う行為そのものが、
品性を問われる。
雰囲気は、
演出することができる。
言葉も、
整えることができる。
だが、
行為は、
積み重なる。
人を、
どう扱ったか。
力を、
どう使ったか。
責任を、
どう引き受けたか。
自分に不利益がある時に、
何を選んだか。
その積み重ねが、
その人の在り方を、
少しずつ、
見せていく。
人の品性は、
他人につけられた評価では、
決まらない。
自分で、
語るものでもない。
何を選び、
何を引き受け、
他者をどう扱ったかによって、
現れていく。
優しさは、
雰囲気ではない。
品性は、
外形ではない。
どちらも、
他者への扱いの中に、
現れる。
品性は、
飾るものではない。
人をどう扱って生きたかから、
滲み出るものである。

まだ応答なし