AXC原理

AXC原理|改善は原因の修正からしか始まらない原理

人は、
良くなりたいと、
願う。

上手くなりたい。

強くなりたい。

痛みを減らしたい。

仕事を良くしたい。

組織を変えたい。

関係を直したい。

だが、
良くなりたいという願いと、
良くなるために必要な修正を、
受け入れられることは、
同じではない。

人は時に、
結果には、
不満を持つ。

うまくいかない。

苦しい。

成果が出ない。

同じ失敗を、
繰り返す。

それでも、
原因には、
触れたがらない。

信じてきた人が、
間違っているかもしれない。

自分のやり方が、
間違っているかもしれない。

今まで使った時間が、
無駄だったかもしれない。

払ったお金が、
正しい選択を、
証明してくれるわけではないかもしれない。

自分が、
信じたかったものと、
現実が違うかもしれない。

そうした事実は、
受け入れにくい。

だから、
人は、
原因を見る代わりに、
説明を作ることがある。

先生が、
そう言った。

みんな、
そうしている。

昔から、
こうだった。

自分には、
これが合っている。

ここまで、
続けてきた。

お金も、
払っている。

そうして、
選択したものを、
守ろうとする。

だが、
過去の選択を守ることと、
現在の問題を解決することは、
同じではない。

お金を払ったことは、
正しさの証明にはならない。

長く続けたことも、
正しさの証明にはならない。

誰かを、
信じてきたことも、
その人の言葉が、
現実に合っている証明にはならない。

見るべきなのは、
結果である。

現実である。

何が、
起きているのか。

何をした時に、
良くなったのか。

何をした時に、
悪くなったのか。

どこに、
負荷がかかっているのか。

どこで、
同じ失敗が、
繰り返されているのか。

そこを、
見なければならない。

そして、
原因が見えたなら、
修正する。

やり方を、
変える。

考え方を、
変える。

必要なら、
教わる相手を、
変える。

必要なら、
積み上げてきたものを、
一度崩す。

必要なら、
自分の間違いを、
認める。

改善とは、
自分の選択が、
正しかったと証明することではない。

現実に、
何が起きているのかを見て、
必要な修正を、
引き受けることである。

人は、
間違える。

遠回りもする。

信じた相手が、
間違っていることもある。

自分の判断が、
間違っていることもある。

問題は、
間違えたことではない。

間違いが見えた後も、
それを守り続けることである。

良くするために、
原因を放置したまま、
結果だけを変えることはできない。

原因が残れば、
現象は、
形を変えて、
繰り返される。

だから、
改善したいなら、
まず、
不都合な原因を見る。

そして、
過ちがあるなら、
修正する。

それ以外に、
現実を変える道はない。

改善は、
願いから始まるのではない。

原因を見つめ、
修正を引き受けたところから、
始まる。

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