恋愛構造論

恋愛構造論⑦|愛は正しさか

人は、
恋愛に「正しさ」を求め始める。

恋人ならこう。

普通はこう。

愛しているならこうするべき。

そうして人は、
少しずつ、
“正しい恋愛”を作り始める。

もちろん、
関係には、
互いを傷つけない為の線引きも必要だ。

だが、
その正しさが固定化され始めると、
人間は少しずつ苦しくなる。

なぜなら、
人は、
感情も、
状況も、
成長も、
変化し続ける存在だからだ。

本当は、
昨日と今日ですら、
心は少し違う。

だが、
固定化された正しさは、
その流動を許さない。

「前はこうだった」

「普通はこう」

「恋人なのに」

そうして人は、
相手を、
“今ここにいる人間”
ではなく、
“正しさに当てはめた役割”
として見始める。

だが本来、
愛とは、
正しさだけで成立するものではない。

正論だけでは、
人間は救えない。

時に、
待つ事もある。

言わない事もある。

ぶつかる事もある。

離れる事もある。

その全てを、
固定化された答えではなく、
人間として向き合い続けられるか。

そこに、
愛の本質はある。

恋愛とは、
「正しい関係」を維持する事ではない。

互いが、
人間のまま存在できるよう、
正しさすら調律し続ける営みである。

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