AXC原理

AXC原理|原因を相手だけに置くと怒りは恨みへ固定される原理

人は、
傷つけられた時、
怒る。

それは、
自然な反応である。

理不尽だった。

裏切られた。

軽蔑された。

奪われた。

その怒りには、
理由がある。

そして、
相手に、
責任があることもある。

だが、
怒りの原因を、
すべて相手に置くと、
問題が起きる。

相手が悪い。

相手が変わるべきだ。

相手が謝るべきだ。

相手が認めるべきだ。

相手が、
自分の痛みを、
解消するべきだ。

そうなると、
自分の感情の出口が、
相手の中にしかなくなる。

相手が謝らない限り、
終われない。

相手が変わらない限り、
怒りを手放せない。

相手が、
自分の思う形で、
責任を取らない限り、
納得できない。

だが、
相手は、
自分ではない。

相手を、
自分の思うように、
変えることはできない。

ここで、
怒りは、
行き場を失う。

そして、
長く残る。

時間が経っても、
思い出す。

新しい出来事まで、
過去の痛みと、
つながる。

相手を見るたびに、
同じ怒りが、
戻ってくる。

怒りは、
やがて、
恨みへ変わる。

反省とは、
自分を責めることではない。

相手の責任を、
消すことでもない。

自分の側にも、
見られるものがないかを、
確かめることである。

自分は、
何を期待していたのか。

何を、
失ったのか。

どこで、
関係を続けすぎたのか。

何を、
見ないようにしていたのか。

自分に、
変えられる部分は、
何だったのか。

そこを見る。

相手に、
責任があってもいい。

自分が、
傷つけられた側でもいい。

それでも、
自分の感情まで、
相手に預けない。

ここが、
大切である。

相手は、
謝らないかもしれない。

変わらないかもしれない。

分かってくれないかもしれない。

それでも、
自分は、
自分の感情を、
扱うことができる。

距離を取る。

関係を切る。

境界を引く。

意味を、
捉え直す。

自分の責任を、
引き受ける。

相手の責任は、
相手へ返す。

そうすることで、
怒りは、
少しずつ、
自分の手に戻る。

怒りを、
手放すことは、
相手を許すこととは限らない。

相手の行為を、
正当化することでもない。

自分の感情を、
相手の支配から、
取り戻すことである。

原因を、
相手だけに置くと、
自分の感情まで、
相手に預けることになる。

そして、
相手が変わらない限り、
自分も、
そこから動けなくなる。

怒りを、
恨みへ固定しないためには、
相手の責任と、
自分の感情を、
分けなければならない。

相手の責任は、
相手へ。

自分の感情は、
自分へ。

その境界が、
怒りを、
恨みから解放する。

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